Production notes プロダクションノート

目指したのは〝岩井作品のベスト盤〟

「日本の映画界において岩井俊二がもたらしたものは大きい。大げさじゃなく〝岩井俊二前、岩井俊二後〟というのはあると思います」そう語るのは本作の企画・プロデュースの川村元気プロデューサー(以下、川村P)。もともと監督の(実写版)『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の大ファンだった川村Pは、共に岩井ファンであり友人でもあるRADWIMPSの野田洋次郎が岩井監督と共通の知人だったことから、その交流は10年以上前に遡る。野田以外にも新海誠監督、大根仁監督など岩井ファンを公言するクリエイターとの仕事も多く、「岩井俊二ファンが近い年代で横並びで映画を作っていた感覚」の中、ついにアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で初タッグを組むことに。『打ち上げ花火~』の製作段階から、本作『ラストレター』の企画を監督と共に詰めていた川村Pの中で、「岩井監督のベスト盤的な作品にしよう」という思いが強まっていった。「ある種の〝岩井オマージュ〟というか、これまでの岩井作品のモチーフがたくさん詰まった作品ですね。僕自身、岩井俊二という監督がどうやって映画を作っているのかということにすごく興味があった。それを知るには一緒に1本映画を作らせてもらうのが一番早いと思ったんです」

三角形の文通という発明

本作のタイトルを聞いてあの名作『Love Letter』(95)を想起する人も多いだろう。当初から『Love Letter』のアンサームービー的な要素は意識しつつ、「最初にあがってきた脚本は今とは全く違うものだった」と川村P。「簡潔に言えばもっと重たいお話でした。僕はとても好きでしたけどね(笑)。それとこれは岩井作品の特徴とも言えますが、前半と後半で全く違う物語でもあった。ご本人もおっしゃっていましたが、プリンだと思っていたらイクラだったくらいの違い(笑)。でも今回はあえてプリンならプリンで統一しましょうと。監督との共通認識として、今回はエンタテインメントを作ろうというものがあったので」
そこで監督は物語そのものをガラッと改変。「『Love Letter』や『スワロウテイル』(96)に繋がるような岩井監督らしい、けれど非常に王道なエンタテインメントになっているなと感じさせる脚本でした。全体としては非常にユニークな設計で、かつアイディアの発明がある」その〝アイディアの発明〟こそが、物語のキモでもある三角形の文通だ。互いが間違った相手に手紙を送り続けているにも関わらず、文通が奇妙に成立してしまう面白さ。SNS全盛の現代において手紙をキーアイテムにしたのも興味深い。「そもそものきっかけは昔に残された1通の手紙。過去の記憶と手紙という古いメディアが、同時に現代に立ち上がってくる構造も秀逸だと思います」(川村P)

豪華キャスティングが実現

撮影のギリギリまで続いた脚本作業と並行し、2016年末から本格的なキャスティングを開始。主演の松たか子は『四月物語』(98)以来、久々の岩井組。〝岩井作品のベスト盤〟には絶対欠かせない女優として、真っ先に名前が挙がる。その実力は誰もが認めるところだが「シリアスはもちろん、コミカルなお芝居にも長けている女優さんであることも今回はとても大事でした」と水野昌プロデューサー(以下、水野P)は語る。「裕里という役はシリアスに寄り過ぎると危険なキャラクター。鏡史郎のことを何十年もジメジメ想い続けていたとなると少し怖いですし、夫の宗二郎に携帯を壊されたりするシーンも明るく演じてもらわないと〝え?この夫婦大丈夫?〟と思われかねないので」
一方で岩井組に初参戦となるキャスト陣にも積極的にオファー。声優として『打ち上げ花火~』に出演していた広瀬すず、新海誠監督の『君の名は。』で声優を務めた神木隆之介、そしてキャスティング当時はほぼ無名だった森七菜は後に同じく新海監督の『天気の子』で一躍その名を知られることになるが、本作では大抜擢に他ならない。「広瀬さん、神木さんは共に監督から一度仕事をしてみたいという意向がありました。森さんに関しては140人ほどのオーディションから選びましたが、書類やビデオの段階から監督が〝断トツで彼女がいい〟とおっしゃっていましたね。実際会ってみると、満場一致で決まりました」(川村P)
監督としても活躍する庵野秀明は、自身の監督作『式日』(00)で岩井を主演俳優として起用した過去があるのは周知の事実。「庵野さんのキャスティングは岩井監督でないと思いつかないし、実現もしなかったでしょう。松さんと庵野さんのシーンは完全にコメディですし、改めて岩井監督は〝センスオブユーモア〟の人なんだなと思います」(川村P)ちなみに宗二郎は当初医者の設定だったが、庵野の出演が決まってから岩井監督自ら漫画家に変更したのだとか。小室等、水越けいこという大ベテランミュージシャンを俳優として起用したのも、もちろん監督のアイディア。演技初挑戦となった水越に、庵野が親身なアドバイスをしていたという微笑ましいエピソードも。
意外にも難航したのが、現在の鏡史郎役。「誰にお願いしようかと悩んでいる時に、監督がふっと福山雅治さんのお名前を挙げたんです。お仕事をしたことはなかったのですが以前から面識はあったようで、そのイメージがあったのかもしれません。ただ鏡史郎というかつては輝いていたけど、今はくすぶっているというキャラクターを演じるにあたって、今までの福山さんのイメージとは違う一面を見たいと思ってのキャスティングでしたが、監督のイメージ通り今までに見たことのない新しい福山さんを見ることができました。」(水野P)そして『Love Letter』ファンは衝撃を受けること必至の中山美穂、豊川悦司という2人がまさかの役どころで出演。「監督も〝出演してくれるか分からない〟と半ばあきらめモードだったんですが、快諾していただけて本当にありがたかったです」(田井えみラインプロデューサー、以下田井LP)。
スタッフも岩井組オールスターズといったメンバーが集結。撮影監督は『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)の神戸千木。かつて岩井監督と『Love Letter』をはじめ数多くの作品でタッグを組んできた名カメラマン=篠田昇に師事していた撮影カメラマンでもある。他にも『四月物語』で美術を担当していた都築雄二、監督の盟友というべき存在=小林武史が今回も音楽を担当。「そういう意味では岩井俊二監督にまつわる人たちが、複雑に絡み合ってできた映画。
〝岩井俊二遊び〟みたいなものを積極的に取り入れたし、〝岩井俊二のお祭り〟をやっている感覚でした」(川村P)

監督初の仙台ロケで起きた必然としての偶然

撮影はほぼ、仙台オールロケ。監督にとって故郷であるこの地での撮影は初となる。「これまで仙台で撮影することはずっと避けていたそうですが、今回は監督の自伝的な要素が少なからず入っている物語なので、故郷で撮るのは必然だったのではないでしょうか」(川村P)
監督が仙台ロケを避けていた理由は、そのロケーションにもあった。比較的平らでなだらかな道が多い仙台は、「画になりにくい」と当初は渋っていたそうだが……。「いざ探してみるといい場所がたくさんあったとおっしゃっていました。監督のマジックは間違いなくロケーション選定にもあると思う。最終的には監督自ら仙台にレンタカーで何度も通い、自分の足でロケ地を見て回って決めていると聞いて、究極のDIYの方なんだなと思いました」(川村P)「ロケハンをする時は〝車に自転車を積んでおいてくれ〟といつも言われます」と田井LPも語る。「いい場所が見つかるとその場で自転車を下ろして、1人でロケハンしに行くんです。それ以前に岩井組にはグーグルロケハンというものがありまして。グーグルマップから素敵なおうちや使えそうな道を探し、スタッフが1軒1軒歩いて撮影交渉にあたるのが恒例です」遠野家の立派な縁側のある日本家屋、裕里と鏡史郎の再会の場となる正三の趣のある家(仙台では少ない急こう配の坂の上にあることも決め手となった)、裕里が家族で暮らすデザインフルな豪邸など、「本当にいい物件に当たる率が高い」と水野P。
また岩井監督といえば、もはや伝説的な〝天気運〟の持ち主。かつて『Love Letter』の撮影時に、〝10月の北海道に大雪を降らせた〟エピソードは有名だが、本作の撮影は2018年の夏でちょうど台風シーズン。「天気さえも味方にする」(水野P)岩井組は、一度も雨降らしをすることなく奇跡的な偶然によって生まれた瞬間を収めていた。鮎美と颯香が未咲の葬式後2人で並んで傘をさしている姿、東京に戻る鏡史郎を2人が見送る時も同じく傘をさしている。いずれもタイミングよく降って来た〝リアルな〟雨がもたらしたものだが、「ラブレターのいくつもの誤配や錯綜が、人生を作っていく。その美しさを教えてくれるのは、傘をさした二人の少女だ。(以下略)」と新海誠監督もコメントしているほど、印象深いシーンとなっている。また鮎美が水遊びをする美しい滝も、「台風一過のおかげでいつも以上に水が澄んできれいでした」(水野P)という幸運だけでなく、「滝のシーンのドローン映像は、死んだ母=未咲の目線という解釈もできる」と川村P。「つまり最初から鮎美は母に見守られていたという風に見えなくもない。でもそれも偶然なんです。脚本に書かれていないことをドキュメンタリー風に取り入れた時に、映画が最強になると監督は思っていらっしゃるんじゃないかな。偶然を味方につけて初めて映画が豊かに面白くなるし、監督は偶然を必然に変えるテクニックもお持ちだと感じました」

監督の呼吸、リズムが現場を動かす

「岩井監督は現場を混沌とさせる。これはいい意味でですが、狐につままれるような映画を作る人だと僕は思っています」(川村P)実際に現場では独特の岩井ワードが飛び交うことも。「扇風機の風の回転が変わっちゃった。さっきは柔らかかったのに」「脳内イメージ、ピッタリのが出ました」――。これはらほんの一部だが、「絶えず定石にならないように、不思議な時間や空間を作ろうとしている人だと思うし、それが監督の作家性である気もします。例えば〝扇風機の風を柔らかく〟という表現ひとつにしても、単に風を強める弱めるじゃなく、光の具合なのかカーテンの揺れ方なのかカメラのシャッター速度なのか、いろんな可能性が考えられる。スタッフがそれを聞いてどうするか考えるというのが、正しい映画作りでもありますよね」突如、現場で監督自らがセッティングしてある小物や装飾物の位置を大胆に置き換えることも。「あれは画を整えているというより、その場の空気やリズムを変えているんじゃないかと思います」
その一方で、役者への演出を事細かにつけることはしない。「今回は演技初挑戦の方もいらっしゃいましたが、ほぼ(芝居を)つけることはなかった。俳優さんのそのままの姿が一番面白いと思っていらっしゃるし、そこもやはりドキュメンタリーなんだと思います。直前にセリフが変わったり、増えたりということも普通にありましたね」(臼井真之介プロデューサー、以下臼井P)
「ドキュメンタリー的なフィクションを作る。そういう世界がまるでそこにあるように見せるのが岩井作品の面白さ。俳優さんに何かを強制するよりは、その方の持っている人間としての良さを撮るためには何をすればいいかを考えてらっしゃるんじゃないでしょうか。僕はずっと言っているんですが、監督の作家性そのものが〝呼吸〟の気持ちよさ、気持ち悪さで成り立っていると思う。現場で吸って吐いている監督の空気のリズムが、俳優やスタッフと合っていなければわざとかき乱しにいく。その呼吸を分かり得るスタッフがいて、そこにはまる俳優がいるということだと思います」
息が詰まるような一連の長回しが多用されるのも、確かにドキュメンタリー的だ。現在の裕里が鏡史郎に姉の死を告げるまでの一連は、撮影時12分を超える長尺。松は初恋の人の突然の来訪に対する驚きと喜びを表すコミカルな芝居から始まり、大粒の涙を流す独白の泣き芝居までを圧巻の演技力で見せつけた。その間本番中であってもカメラや照明に常に指示を出し続ける監督は、セリフが終わってもなかなかカットをかけない。それは他のシーンでも同じくで、高校時代の未咲が鏡史郎の前でスピーチの練習をするシーンでも、延々とカットはかからず。だが動じることなく自然な笑顔で芝居を続ける広瀬と神木の後方に、撮影部が足音を忍ばせて回り込むというアクティブなカメラワークも見られた。「才能ある監督さんって徹底的に構築したうえでそれをあえて壊し、そこから偶然を拾い上げて、さらにそれを強度のあるものに構築し直すということをやっている気がします。それをものすごい精度でやっているのが岩井監督。岩井作品の何かとりつかれてしまうような魅力はそこにあると思うし、影響を受けた監督は大勢いると思います」(川村P)

〝音〟への強いこだわり

ポストプロダクションは約10か月。「CGもほぼない作品にしては、かなり長いポスプロだと思います。その中で一番時間がかったのが〝音〟。監督は効果音からすべてご自身のスタジオで作られるので、改めてDIYを極めてらっしゃる方だなと思いました」(臼井P)「音に関しては、基本的に(撮影時と)同じ環境に行って録るのが監督のこだわりなんです。それが何より本物の音なので」と水野P、田井LPも語る。「夏のシーンでは蝉の声を後からかなり足しているのですが、監督は〝昼に鳴く蝉と夜に鳴く蝉は違う〟とか、〝この地域にこの種類の蝉はいない〟とかをすべて把握している(笑)。なので世界中の蝉の鳴き声を録ってネットにアップされている〝蝉博士〟みたいな方と連絡を取って、その方から蝉の音源をいただいたりもしています」また滝で鮎美達が遊ぶ〝水音〟も「深さが足りない」という監督の一言と共に、スタッフの元にビニールプールが郵送されてきたとか。「そのプールに水をため皆で編集された映像を見ながら、広瀬さんの足が水に浸かった時の〝パシャパシャ〟っていう音を再現したり……」
こうしてついに完成した本作を「やっぱり岩井俊二監督はすごいということを、改めて確認できる映画には間違いなくなっている」と川村P。「それがある種のエンタテインメントとして成立してしまっているのが不思議で、奇跡的な映画だとも思います。非常に古典的なお話ですが、岩井監督の才能はいつも新しいし、誰よりも前にいる。それを感じてもらえる作品になったと確信しています」